はじめに:続けられない自分に、静かに疲れている人へ
「やろうとは思っているのに、続かない」
「最初だけで、いつも途中で止まる」
そんなふうに感じて、このページを開いてくれたのかもしれません。
続けられないこと自体よりも、
続けられない自分を何度も確認してしまうことに、
じわじわ疲れている人も多いように感じます。
でもまず伝えたいのは、
続けられないと感じるのは、決して珍しいことではないということです。
そして、それは怠けや性格の問題とは、少し違うところに理由があります。
ここでは「直し方」や「正解」を示すのではなく、
続けられない人が無意識にやってしまいがちなことを、
一緒に整理してみたいと思います。
悩みの正体を分解する:見えないところで起きていること
続けられない人がよくやっていることの多くは、
意図的な行動ではありません。
「良かれと思って」「普通そうだと思って」やっていることです。
たとえば、こんなことはないでしょうか。
- 始める前に「続ける前提」を置いてしまう
- 一度止まった時点で「もうダメだ」と判断してしまう
- 他人のやり方を、そのまま自分に当てはめる
- 気力や体調の波を、なかったことにする
これらは努力不足ではありません。
むしろ、ちゃんと向き合おうとしているからこそ起きやすい反応です。
ただ、ここに共通しているのは、
「続ける」という行為を、少し重たく扱いすぎている点かもしれません。
続けることが、
意志の強さの証明になったり、
自分の価値を測るものになってしまうと、
止まった瞬間に一気に苦しくなります。
考え方・視点の整理:続ける前に、何を背負っているか
少し視点を変えてみます。
続けられない人は、
「行動」より前に、
たくさんの前提を無意識に背負っていることがあります。
たとえば、
- 毎日やらなければ意味がない
- 中途半端は良くない
- 再開するなら、ちゃんとやらなきゃいけない
こうした前提は、誰かに言われたわけではなく、
自分の中で自然に出来上がっていることが多いものです。
でも、前提が重いと、
行動そのものがどんどん遠くなっていきます。
ここで大事なのは、
「続けるか、やめるか」の二択にしないこと。
- 今は距離が空いている状態
- たまたま触っていないだけ
- 関係が切れていない途中
そんな捉え方も、選択肢として持っていていい。
続けることを評価軸にしない、
という視点があるだけで、
自分への圧が少し下がります。
一般化された具体例:途中で止まり、また思い出す人たち
ある人は、毎朝の読書を習慣にしようとしました。
最初は気持ちよく続いたけれど、忙しくなって止まりました。
「やっぱり自分は続かない」と思ったものの、
数週間後、ふと本棚に目が向き、1ページだけ読んだ日がありました。
また別の人は、日記を続けられず、何度も挫折しました。
でも、ある日は「今日は書けなかった」と一文だけ残しました。
それがきっかけで、また少し間が空き、また一文書く。
どちらも、いわゆる「成功した習慣」ではありません。
でも、その人たちは完全にやめたわけでもなかった。
続ける・続かないの間に、
たくさんの“途中”があることを、
こうした話は教えてくれます。
まとめ:行動は1mmだけ。無理に前向きにならなくていい
続けられないとき、
無理に気持ちを立て直す必要はありません。
やる気を出そうとしなくていい。
前向きな意味づけもしなくていい。
もし何か動くとしたら、1mmだけ。
- ノートを開いて閉じる
- 道具を出して眺める
- 思い出した自分を責めない
それは行動というより、
完全に切らないための小さな動きです。
続けられない人が無意識にやっているのは、
自分に厳しすぎる前提を置いてしまうこと。
それに気づけただけでも、
少し立ち位置は変わっています。
今は動けなくてもいい。
止まっていてもいい。
1mmの余白を残しているなら、それで十分です。
続けるかどうかは、
また別の日に考えても構いません。
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