導入:その「怖さ」は、不自然なものではない
休んだほうがいいと分かっている。
体も気持ちも、そろそろ限界に近い。
それでも「いま休んでしまって大丈夫だろうか」と、どこかでブレーキがかかる。
そんな感覚を抱えたまま、この文章を読んでいる人もいるかもしれません。
まず伝えたいのは、休むのが怖いと感じること自体は、決して珍しいことではないということです。
むしろ、これまで真剣に向き合ってきた人ほど、この感覚を抱えやすい傾向があります。
「気にしすぎ」「考えすぎ」と片づけられることもあるかもしれません。
でも、その怖さには理由があります。
ここではそれを否定せず、少しずつ言葉にして整理していきます。
悩みの正体を分解する:休むことが怖くなる背景
休むのが怖いと感じるとき、多くの場合、
怖いのは「休む行為そのもの」ではありません。
その奥には、いくつかの不安が重なっています。
たとえば、
・休んだら流れが途切れてしまいそう
・このまま戻れなくなる気がする
・自分の価値が下がるように感じる
・置いていかれる不安がある
こうした感覚は、性格や意志の弱さから生まれるものではありません。
むしろ、止まらずに続けてきた経験があるからこそ生まれるものです。
動き続けることで、
・安心してきた
・評価を保ってきた
・自分を支えてきた
そういう人ほど、「止まる」という行為が未知のものになります。
その結果、休むことが
「回復」ではなく
「リスク」
のように感じられてしまうのです。
考え方・視点の整理:怖さは、守ろうとする反応でもある
ここで少し視点を変えてみます。
休むのが怖いという感覚は、あなたを苦しめるためだけに存在しているわけではありません。
それは多くの場合、
これ以上失いたくないものがある
という気持ちの裏返しです。
・積み上げてきたもの
・保ってきた立場
・やっと掴みかけた感覚
そうしたものがあるからこそ、
「ここで止まっていいのか」という不安が生まれます。
この視点に立つと、
休めない自分を責めるよりも、
「自分は何を大切にしてきたんだろう」
と問い直す余地が生まれます。
怖さを消そうとしなくていい。
無理に安心しようとしなくていい。
ただ、怖さが出てくる理由を、一段引いて眺めてみる。
それだけでも、心の圧は少し変わります。
一般化された具体例:途中にいる人の話
ある人は、忙しい日々が続いたあと、ぽっかり予定が空くと不安になるそうです。
本来なら休めるはずなのに、
「この時間、何もしなくて大丈夫かな」
という考えが浮かんでくる。
横になっても、頭は動き続ける。
結局、仕事の準備や先の心配に意識が向き、休んだ気がしない。
この人が気づいたのは、
休むのが怖いのではなく、
何も支えがない状態になるのが怖かったということでした。
動いているあいだは、役割や目的がはっきりしている。
でも休むと、それらが一時的に外れてしまう。
その空白に、漠然とした不安が入り込んでいたのです。
この気づきがあっても、すぐに楽になったわけではありません。
ただ、「怖がっている自分」を異常だと思わなくなったことで、少し呼吸がしやすくなったそうです。
まとめ:行動は1mmだけでいい
休むのが怖いと感じるのは、
あなたがこれまで止まらずにやってきた証でもあります。
その怖さを、無理に克服しなくていい。
無理に「休まなきゃ」と自分を説得しなくていい。
もし何かできるとしたら、行動は1mmだけ。
「いま、自分は何が怖いんだろう」と、心の中で問いかけてみる。
答えが出なくても構いません。
休むことを選べなくてもいい。
怖さを抱えたままでもいい。
今はまだ、途中です。
その途中で立ち止まることも、歩き続けることも、どちらもあなたの過程です。
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